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名古屋地方裁判所 昭和37年(行)35号 判決

原告 伴好雄

被告 豊橋税務署長

訴訟代理人 林倫正 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告は「別紙第一、第二目録記載の不動産に対する被告の昭和二九年一〇月二九日付国税滞納処分による差押は無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求原因

一、別紙第一ないし第三目録記載の不動産(以下これを単に、第一ないし第三不動産と略称する。以下これに準ずる。)は元訴外亡伴常作の所有であつたが、同人はその生前昭和一二年六月九日、当時の名古屋地方裁判所所属公証人佐藤義高作成第三〇二三五号公正証書をもつて、第一、第三不動産を訴外伴政春に、第二不動産を訴外伴みゑにそれぞれ遺贈し、原告を遺言執行者に指定する旨の遺言をした。

二、伴常作は昭和二八年一二月一八日に死亡したので、右遺言により、いずれも遺贈により第一、第三不動産は伴政春の、第二不動産は伴みゑの各所有となり、また原告は遺言執行者に就任したものである。

三、訴外合資会社畑中製綱所(以下単に訴外会社と略称する。)は昭和二九年一〇月二九日現在(後出の本件差押処分時)において、昭和二八、二九年度源泉所得税、法人税等合計金四一一、二六五円(別に利子税、延滞税がある。)、(昭和三八年一月一〇日現在において、昭和二九、三〇年度源泉所得税、法人税等合計金一、〇七五、七二二円(別に延滞税がある))の滞納税金を負うていたものであるが、これを納付する見込みがなく、差押えるべき財産もないので、被告は、訴外会社無限責任社員伴政治(伴常作の相続人)に対し第二次納税義務を賦課したのであるが、同人においても右義務を履行しないので、昭和二九年一〇月二九日同人に対する国税滞納処分として第一、第二不動産を差押え、同年一一月八日名古屋法務局蒲郡出張所受付第五〇五一号をもつてその旨の登記をなしたものである。(以下これを本件差押処分と称する。)

四、よつて本件差押処分には、伴政治の滞納国税のために滞納者でない伴政春、伴みゑの各所有する財産を差押えたというかし(かしその一)又は遺言執行者が存在するにも拘らず遺贈の対象たる相続財産を差押えたというかし(かしその二)があり、右かしはいずれも重大かつ明白であるので本件差押処分は無効であるから、原告は右遺言執行者として本件差押処分の無効確認を求めるものである。

第三請求原因に対する被告の答弁

請求原因第一項中、第一ないし第三不動産が元亡伴常作の所有であつたことは認めるが、その他の事実は不知。

同第二項中、伴常作が昭和二八年一二月一八日に死亡したことは認めるが、その他の事実は争う。

同第三項の事実はすべて認める。

同第四項は争う。

第四仮定抗弁(原告主張のかしその一について)

一、仮りに原告主張のとおり伴政春、伴みゑが第一、第二不動産の所有権をそれぞれ遺贈により伴常作より取得したものとしても国従つてまた被告は、原告の主張する様に伴常作の相続人である伴政治に対する国税滞納処分として右不動産を差押えた債権者であるから、右遺贈による物権変動につき登記なしに対抗されない第三者即ち民法第一七七条の第三者に該当するものである。

一般に、遺贈又は相続による物権変動について登記を必要とするか否かは一応問題であるが、この問題は明治四一年一二月一五日の大審院連合部判決以来判例上肯定されるに至つた。それは民法第一七七条の適用範囲を同法第一七六条の場合に限定すべきものでないこと及び右第一七七条が第三者保護の目的に出たものであること等をその主たる理由としている。されば本件遺贈の場合においても民法第一七七条によつて該遺贈による所有権取得の登記をしなければその取得をもつて第三者に対抗することはできないのである。

また右第三者とは、当事者又はその包括承継人以外の、不動産物権の得喪及び変更の登記欠缺を主張する正当の利益を有するものであることは、つとに判例学説の認めるところであるから、本件における国従つてまた被告の如く伴常作の相続人である伴政治に対する国税滞納処分として第一、第二不動産を差押えた債権者は右にいわゆる第三者に該当するものといえる。

二、仮りにそうでないとしても国従つてまた被告は、いわゆる既得権を有する第三者でありかつ善意の第三者である。即ち

(一)  国従つてまた被告は第一、第二不動産について差押をなした差押債権者であるから、差押物件につき処分禁止の効果を主張しうる立場にあつたものであり、いわゆる既得権を有する第三者に該当するものと考える。そしてかかる既得権を有する第三者が存在するときには取引の安全という面から法律効果の遡及効を制限すべきものとされている。例えば民法は遺産分割については各共同相続人が分割によつて取得した遺産は各共同相続人が相続によつて被相続人から直接に承継取得したものであつて、他の相続人の権利義務を承継したものではないという見地から宣言主義をとり、分割によつて相続開始の時に遡るものとした(民法第九〇九条本文)。そして同条但書において分割の遡及効といえども第三者の既得権を害しえない旨の規定を設け相続財産を目的とする相続人の債権者その他の第三者の保護を図つている次第である。

(二)(イ)  更に進んで、たとえ法律効果が遡及する場合でなくとも、表見的な事実が存在し、その事実を信頼して法律行為をなしたところ、後に至つてその表見的事実を覆滅するような現象を呈するような場合にはやはり取引安全の法理によつて善意の第三者を保護すべきものなのである。

(ロ)  本件差押処分により差押られた不動産は昭和二八年一二月一八日伴常作の死亡により伴政治が遺産相続をしたものとして、第一不動産及び第二不動産中(5)を除く残余の不動産については昭和二九年八月二五日名古屋法務局蒲郡出張所受付第三九八二号をもつて相続による所有権移転登記が、また第二不動産中(5)の不動産については同日同出張所受付第三九八三号をもつて伴政治名義の所有権保存登記がなされていたものである。

(ハ)  そして被告は右登記を信頼して第一、第二不動産は伴政治の所有であると信じて本件差押処分をなしたものであるから、本件の場合はまさに右(イ)の場合に該当するものである。

(三)(イ)  なお被告は、本件差押処分による差押不動産中一部について公売手続を行つてきたところ、昭和三七年七月三一日に至り第一不動産の(3)だけにつき入札をみ、その結果被告は同年八月七日右不動産を伴政春に対し金三〇万円にて売却決定をなし、同人は同月一七日右買受代金を納付したので右不動産の所有権は同人に移転したものである。

(ロ)  従つて右不動産(第一不動産の(3))については取引安全の法理は一層強く主張さるべきものである。

第五仮定抗弁に対する原告の答弁

仮定抗弁一は争う。

同二のうち(二)(ロ)、(三)(イ)の事実のみ認めるが、その他は争う。

第六立証方法〈省略〉

理由

一、訴外会社は昭和二九年一〇月二九日現在(本件差押処分時)において昭和二八、二九年度源泉所得税、法人税等合計金四一一、二六五円(別に利子税、延滞税がある。)の滞納税金を負担していたが、これを納付する見込がなく差押えるべき財産もないので、被告は右訴外会社無限責任社員伴政治(伴常作の相続人)に対し第二次納税義務を賦課したところ、同人においても右義務を履行しないので同人に対する国税滞納処分として昭和二九年一〇月二九日、第一、第二不動産を差押え、同年一一月八日名古屋法務局蒲郡出張所受付第五〇五一号をもつてその旨の登記をなした(本件差押処分)ことは当事者間に争いがない。

二、第一ないし第三不動産は元伴常作の所有であつたこと、同人は昭和二八年一二月一八日に死亡したことは当事者間に争いなく、また成立に争いない甲第一号証、第二号証の一、第三号証の一ないし一五及び証人伴政春の証言によれば、伴常作はその生前昭和一二年六月九日、当時の名古屋地方裁判所所属公証人佐藤義高作成第三〇二三五号遺言公正証書をもつて、第一不動産を伴政春に、第二不動産を伴みゑにそれぞれ遺贈し、原告を遺言執行者に指定する旨の遺言をしたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、伴常作死亡の日たる昭和二八年一二月一八日、遺贈により第一不動産は伴政春の、第二不動産は伴みゑの各所有となり、遺言により原告が遺言執行者に就任したというべきである。

三、ところで、被告は国従つてまた被告が民法第一七七条の第三者に該当すると主張する。

まず、民法第一七七条は遺贈による物権変動についても適用ありと解するのが相当である。また一般に、物権変動を生じた特定の不動産に対し、私法上の債権に基きその強制執行として差押手続に出た債権者が、右物権変動につき登記の欠缺を主張する正当な利益を有するものとして、登記なしに対抗されない第三者即ち民法第一七七条の第三者に該当することについては異論のないところ、国が国税滞納処分として滞納者の不動産を差押え更に公売する関係は公法関係(権力関係)ではあるが、民法第一七七条の適用についてはこれを肯定するのが相当であるから、国税債権に基きその滞納処分として、物権変動を生じた、滞納者の特定の不動産に対し差押処分をなした国は、右物権変動につき登記なしに対抗されない第三者即ち民法第一七七条の第三者に該当するものというべきである。また一般に相続人は被相続人と法律上同一の地位にあるというべきである。

よつて、以上によれば、特定の不動産につき遺贈がなされた後遺言者が死亡した場合において、国が遺言者の相続人に対する国税債権に基きその滞納処分として、右不動産に対し差押処分をなした場合、国は右遺贈による物権変動につき登記なしに対抗されない第三者即ち民法第一七七条の第三者に該当するものというべきである。

前記事実によれば、伴常作は第一、第二不動産につきそれぞれ伴政春、伴みゑに対し遺贈をなした後死亡したところ、その後被告は伴常作の相続人たる伴政治に対する国税債権に基きその滞納処分として右不動産に対し差押処分をなしたものであるから、国従つてまた被告は第一、第二不動産につきそれぞれ伴政春、伴みゑに対しなされた遺贈による物権変動につき登記なしに対抗されない第三者即ち民法第一七七条の第三者に該当するものというべきである。

四、しかるに、第一、第二不動産のそれぞれの受遺者たる伴政春、伴みゑにおいて遺贈を原因とする所有権移転登記を有することについての原告の主張はなく、また立証もないので、伴政春、伴みゑが第一、第二不動産につきそれぞれ遺贈により所有権を取得したことを同人等において従つてまた原告において国従つてまた被告に対抗することはできないというべきである。

五、一般に、滞納処分たる差押処分にあつては差押えられるべき財産は滞納者の所有財産であることが一つの要件となつているというべきであるから、右要件を欠く差押処分にはかしが存在するというべきであるが、右に述べたところよりすれば、本件差押処分が滞納者でない伴政春、伴みゑの各所有財産に対してなされ、右要件を欠くから本件差押処分にかしその一が存在するとの原告の主張は明らかに失当というの外はない。

六、さて次に、伴政治が伴常作の相続人であること、昭和二八年一二月一八日伴常作の死亡により、同人によつて第一、第二不動産についてそれぞれ伴政春、伴みゑに対しなされた遺贈の効力が生じたこと、伴常作の遺言に基き原告が遺言執行者に就任したこと、そして昭和二九年一〇月二九日に伴政治に対する滞納処分として本件差押処分がなされたことは前記認定のとおりである。

ところで、一般に滞納処分たる差押処分にあつては差押えられるべき財産は滞納者の所有財産であることが一つの要件となつているというべきことは前記のとおりであるが、そのゆえんは、差押は被差押財産の処分権を取得することを目的とするものであるところ、滞納者はその所有財産について通常処分権を有するということにあるというべきであるから、仮にその所有財産であつても何等かの事情で滞納者において処分権を有しない場合には、かかる財産に対しなされた差押処分は、実質的にみて、右要件を欠くものとしてその差押処分にはかしが存在するというべきである。

ところで前述のように遺贈による物権変動についても民法第一七七条の適用を肯定する以上、相続人は、遺贈の対象たる相続財産についても、遺贈による物権変動につき登記がなされる迄は、これを自己の所有財産として他に処分できないことはないというべきであるが、遺言執行者のあるときは、遺言執行者において遺贈の対象となつた相続財産について遺言執行に必要な範囲で財産の管理その他一切の行為をなす権限即ち管理処分権を有し、その範囲で相続人は右管理処分権を喪失するというべきであるから、遺言執行者が存在するにも拘らず相続人に対する滞納処分として遺贈の対象たる相続財産に対してなされた差押処分は右要件を欠くものとして、その差押処分にはかしが存在するというべきである。

前記認定事実によれば、本件差押処分は、遺言執行者たる原告が存在するにも拘らず相続人たる伴政治に対する国税滞納処分として遺贈の対象たる相続財産である第一、第二不動産に対しなされたものであるから、右要件を欠くものであり、本件差押処分にはかし(原告主張のかしその二)が存在するというべきである。

七、ところで、一般に行政処分が無効となるには当該行政処分にかしが存在するだけでは足りず、更にそのかしが重大かつ明白であることを要するというべきところ、かしが重大であるとは当該行政処分に欠けている当該要件がこれを規定する行政法規の目的、意味などからして当該行政処分にとつて重要な要件であることであり、かしが明白であるとは、当該行政処分に欠けている当該要件が当該行政処分の要件であることが一般人の判断をもつてしても明白であり、かつ当該行政処分がなされた当初から当該要件が欠けていたことが外観上一般人の判断をもつてしても明白であつたということであるというべきである。

滞納処分としての差押処分にあつては、差押えられるべき財産が滞納者において所有権ないし処分権を有する財産であることが一つの要件となつていることは前述のとおりであるが、この要件は差押処分にとつて本質的な従つて重要な要件であるというべきであるから、これを欠くときはそのかしは重大であるというべきである。従つて、本件差押処分に存在する前記かしは重大であるというべきである。

次に、右要件が差押処分の要件であることは一般人の判断をもつても明白であるというべきであるが、証人伴政春の証言によれば、伴常作の遺言書が発見されたのは昭和三一年四月二三日頃であることが認められ(この認定を左右するに足りる証拠はない)、この事実と前記認定事実とを総合すると、本件差押処分が相続人に対する国税滞納処分として遺言執行者が存在するにも拘らず遺贈の対象たる相続財産に対しなされたものであり、従つて右要件を欠くものであることは、本件差押処分のなされた昭和二九年一〇月二九日より約一年半を経た後の昭和三一年四月二三日頃まで何人にも明らかでなかつたことが認められるので、これによれば本件差押処分がなされた当初から右要件の欠けていることが外観上一般人の判断をもつてしても明白であつたということはできないので、結局本件差押処分に存在する前記かしは明白であるということはできない。

よつて、本件差押処分に存在する前記かしは重大ではあるが明白であるとはいえないので、前記かしが重大かつ明白であるとする原告の主張は失当である。

八、そして、その他本件差押処分に無効事由たる重大かつ明白なかしが存在することについて別段の主張立証はないから、本件差押処分が無効であるということはできないので、伴常作の遺言執行者としてその遺言執行のため、被告のなした本件差押処分が無効であることの確認を求める原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉 小津茂郎 古川正孝)

(別紙第一―三目録省略)

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